1. HOME
  2. ブログ
  3. お知らせ
  4. 山口県山口市【女性の起業・創業】~私の起業ストーリー~やまぐち創業応援スペースmirai365(みらい365)にシェアオフィス借りました👏

BLOG

販売促進・集客ブログ

お知らせ

山口県山口市【女性の起業・創業】~私の起業ストーリー~やまぐち創業応援スペースmirai365(みらい365)にシェアオフィス借りました👏

お花と名刺

今日から、シェアオフィスを借りました~!

場所は、やまぐち創業応援スペースmirai365(みらい365)です!
基本は自宅での作業ですが、打ち合わせなどで使えたらいいなと思っています。

初めてみらいを知ったのは、女性創業セミナーWITTY(ウィッティ)でセミナー会場で利用して、今は、SWEet(スウィート)女性活躍委員会でお世話になってます。

山口県って、女性の創業を応援してくれる場所がたくさんあって凄いですよね、私もそれがなければ何も始まらなかったな、、と思います。

女性だからこその悩みや仕事の仕方も色々あるから、そういう悩みを相談出来る場所や、同じ悩みを持つ友達が出来るのは本当に助かります。

3年前WITTYの扉を叩いたは偶然?必然?それは分かりませんが、気軽な感じで叩いた扉…
でもそれは、今となっては『運命の扉』だったなと思います。

大病からの寝たきり生活、夫のDVとモラハラ

起業や創業なんて今まで一度も考えた事が無く、サラリーマンとして働く事が幸せで、『この仕事は私の【天職】だわ~』とずっと思っていました。

会社(ホテルの企画・宣伝部の仕事)が大好きで、毎朝通勤中には『今日は何をしよ~ってワクワク』して、会社の建物が見えてきたらニヤニヤしてしまうぐらい好きだったのですが、世界に3例しかないような大病にかかってしまい手術をすることになりました。

術後、リハビリもしましたが、普通の体には戻ることは無くて、以前のように普通の人のように働く事は出来なくなってしまいました。そして大好きだった会社と仕事を辞めました。

仕事が生きがいだった私は、ベットの上で、自分が生きていても生きていないような心地がしていました。

ほぼ寝たきりでブロック注射を打ち続けなければいけない痛みの続く毎日に落ち込んで数年過ごしました。

そして、働けなく家事も出来なくなった私に夫からのDVとモラハラが始まりました。大切だった人から受ける暴力暴言は、恐怖と悲しみと絶望、地獄のような日々でした。そして、3年前警察に保護されて、子どもと二人、着の身着のまま、知人も友人も誰もいない山口県へ来ました。

毎日頭の中はグチャグチャで、泣いても叫んでも私の気持ちは届かなくて、どうしようもなく悲しくて、なんでこんなことになったんだろう、何をまちがったんだろう、全てを失って、でも目の前には小さな子ども。

お金もいよいよ尽きて、『もう今日が終わったら、明日はどうなるんだろ、、』とホテルの部屋からボンヤリと下の公園を眺めていました、『この公園で暮らすのかな、、?』『飛び降りてしまおうかな、、』とか、、もうまともに考える思考も無くて、でも、子どもが私を追って落ちたらどうしよう、現場を見てしまったらどうしよう、

何より、子どもを幸せにする責任が私にはある、馬鹿なことを考えるのはやめようと思いました。

そんな最後の日に、事情を聞いてくれた方が助けてくれて、ある支援施設へ連れて行ってもらえることになりました。

場所がどこなのか、何県なのか、全く分からない状況で施設へ連れて行ってもらいました。

そこには6畳の部屋と台所があって、食べるものと着るものをもらうことが出来ました。

寄付のTシャツを2枚とジャージのズボンを2枚。そして、その日は、たまたま、施設の月に一度のカレーの日で、久しぶりのまともな食事。子どもと温かいカレーを『美味しいね、美味しいね』って食べました。

寄付をもらう、人に助けてもらう、という経験は今までなくて、こんなにも優しい人達がいるんだ、親身になって話を聞いてくれる人がいるんだ、と思いました。

『私はダメな人間だ。夫の心を救う事が出来なかった。家族として3人で一緒に生きることが出来なかった』と泣き続けていたと思います。そんな私に温かい言葉をかけてくれて、安心して寝られる場所を与えてくれて、感謝しました。

だけど、これからどうやって生きるのだろう…私はどうなるのだろう…

なんで私たちは幸せになれなかったんだろう、子どもを幸せに出来なかったんだろう、と

不安と後悔の日々に毎日毎日、泣いて過ごしました。

でも、泣いていても生きてはいけない、

子どももいる。生活をしていかなければいけない、この子を幸せにしないといけない、立ち止まることは出来ませんでした。

時計も無い、スマホも無い、車も無い、見ず知らずの土地でのサバイバルゲームのような生活の始まり

ですが、お金が全く無く、夫の借金も数百万抱えていて、車も無くて、スマホも無くて、施設へ入ることはできたものの、回りは見知らぬ土地で毎日がサバイバルでした。

リアルにゲームの様な世界。マインクラフトの主人公状態。見知らぬ土地に突然スポーンして、本当に自分の目で見える範囲の情報しか分からないという、現代の日本でこんな状況になる?!というような現実でした(笑)

まずは、100均で、ノートとペンと腕時計を買って。次に周辺地図を手に入れるとこからだな、と思って、近くに図書館があるらしいって情報を仕入れて、そこまで歩いていってパソコンを借りて周辺地図やバスの路線図を出しました。あと、ご飯を作るのに私はレシピが無いと作れないタイプなので、図書館で本を借りてそれをメモしていました…。

ギリギリ食べる事だけは何とかなりましたが、余分なお金は全く無く、でも子どもにおやつを食べさせてあげたくて『やっぱ貧乏と言えばパンの耳かな…』と思って、パンの耳レシピ集を借りたり、ゼリーや蒸しパン、クッキー、ポテチなどなど、色々な節約お菓子がつくれるようになりました(笑)

貧乏すぎる暮らしでしたが、それはそれで新しい発見も沢山あったし、『人って一人では生きていけない』って本当なんだなと思いました。また、『人ってこんなに優しいんだな…』と最初は戸惑うこともあるほどにビックリしました。(山口県の人は特に優しいと思います)

小さな子どもの手を握って気づいた幸せ

山口県で車の無い生活は不便でしたが、車が無いと季節の移り変わりや自然の美しさを感じることも沢山あって、何より、今までは子どもの手を握って歩くという事がありませんでした。

でもこんな生活になって、どこに行くにも歩きかバスなので、子どもの小さな手をいつも握って、『この子の手はこんなに小さかったんだ、こんなに小さいのに、色々考えて、私を守ってくれて、勇気をくれて、頑張る力をくれていたんだ』

と思いました。

親水公園があるらしいって噂を聞いて、地図を片手に、水筒とお弁当を持ってひたすら暑い中、励まし合いながら歩いたり、

やっとついた公園で一緒にお弁当食べて、蝉の抜け殻を集めまくったり、

突然の雨に降られてその中を歩いていたら、知らない方から傘を貸してもらえて、よかったね、嬉しいね、って傘をさして帰ったり、、

小さな幸せに沢山気づかされる日々でした。

そう、発見として、スマホが無いことで年配の人の気持ちがよく分かりました。スマホが無ければ、バスの時刻表もお店の電話番号も分からなくて、全部メモ。

よく祖母が小さなメモ帳と鉛筆を持ち歩いて、いつもメモしていたのを思い出したのですが、そういうことかと。

スマホが無ければ全てが一期一会。

だから、お店のテントに電話番号を書いたり、タクシーが車体に電話番号書いていたりって、年配の人がターゲットならやっぱりデザイン上、大事なんだな~。とか、その時、思ったりしていました。

そこから、『このまま貧乏暮らしを続けるわけにもいかないな、でも動けるような健康な体ではなくて、、フルタイムでは働けないしな、』と悩み、、
『在宅で、テープ起こしやエクセル入力くらいなら出来るかな』

と思って、図書館のパソコンで検索して、たまたま見つけたのがWITTYのホームページでした。

運命の出会い

もう既に4期のセミナーは始まっていましたが、ダメ元で連絡をしてみると、『もう1回目は終わってますがいいですよ~』と言って頂けて、、

なけなしのお金をはたいて申込みをしました。(今思えばあれだけ充実した内容で破格の1万円だったのですが、当時の私にはとても大きな出費でした)

セミナー当日は、超ドキドキして、着ていく服もろくに無かったので、古着屋さんで数百円の服とバッグを買って、なんとか取り繕って行ってみました。

そしたら、そこで勉強していくうちに私はただのサラリーマンだったから、何も出来ないと思っていましたが、自分の出来ることや強みが整理されて、考えがまとまってきました。

受講中に、一緒に受講している方から、名刺を作って欲しいと依頼されて、内心『え!!嬉しいけどパソコン無い』と思って、お金も全くなかったので事業計画書を書いて補助金の申請をして何とか、5万円のパソコンと1万円のプリンター、イラストレーターとフォトショップを買いました。

内心は、『私本当に大丈夫かな、名刺作るのに勢いでパソコン買ってしまったけど、この後どうしよう、、』と思っていました。

ですが、、受講中に他にも、『私が菜々ちゃんプロデュースの最初のお客さんになるから、私のお店をプロデュースして♪』って、同期の秋枝美香さんに言って頂いて。

それも内心『え、私に出来るかな、、え、えーーー…しかも、車も無くて角島まで行けないけど、どうしよう、、』と思ってましたが、

『大丈夫!あなたなら出来る!車無いなら駅まで迎えに行くから!』と言って頂けて、あれよあれよと、お店(のちの角島ジェラートポポロ)の新規オープントータルプロデュースを受ける事になりました。(ポポロさんオープンの話・・・★

その後もWITTYの卒業式の打ち上げで、同期の鈴川純子さんとたまたまお話して、セルフマガジンのデザインを依頼されたり、その後、鈴川さんのお店(のちのSUZUJUKU宇部本店※1号店)の新規オープントータルプロデュースをするお話にまでになったり。(鈴川さんとの出会いの話・・・★)その後も沢山のWITTY生や女性起業家の方がパンフレットや名刺など頼んでくださり、

私の起業は、そんなこんなで沢山の方に助けて頂き、沢山の良い出会いがあり、運良く今に至ります。

そして今では、サラリーマン時代に天職だと思っていた仕事と同じような仕事を色々な方の事業を通して出来るようになりました。

ですので、今回シェアオフィスを借りたのは一般的には大したことない話だと思いますが、私には大した話で、すごく嬉しいです。やっとスタート地点に立てたかな?と思っています。

そう思えるのは、

一つは、『もう私は一人じゃ無い、弱くない、沢山の支えてくれる人がいる』って少しだけ思えるようになったこと。

もう一つは、『この体は付き合っていくしか無いけれど、私が人の役に立てるのならば、出来るところまでは頑張ってみよう!そして、私を助けてくれた、山口県と施設に恩返しをしていつか私が寄付できる立場になろう』と思えたことです。

だから、ここまで来れたのは、こういう気持ちになれたのは、今生きていられるのは、今まで助けてくれた方、相談にのって支えてくれた方、そして、実績も何も無い私のお客さんになってくれた方々のおかげです。本当にありがとうございます。

私も秋枝さんや鈴川さんのように地域に貢献してお客様の笑顔を頂けるようになりたいし、お二人のように法人化出来るようにしたいし、毎日頑張っている山口県の女性起業家の皆さんのように、もっとエネルギッシュに頑張れるようになりたいなと思っています。

これからもどうぞよろしくお願いします。

関連記事